りつみおショートショート

武田さんとのメール中に生まれた掌編。昇順です。

見えてる(10/10/20)

 パンツ見えてる。
「ほんとすごかったんだって!」
 などと律は昨日観たテレビの話を続けているけれど、私は半ば以上聞き流していた。
 ……どうしたらいいんだろう。
 学校の帰りに律の家に寄って、いつものようにダイエットを先送りしながら(要するにおやつをいただきつつ)駄弁っていたのだったが、ベッドに座った律に何気なく目をやった私は 思わず手にした芋けんぴをそのまま袋に戻してしまった。
 律が片膝を立てて足の爪をいじっている。
 さっきまで胡坐だったのに。
 さり気なく顔を背けたのだが、視線はそちらに固定されていたので、結局無駄だった。
 ……水玉。
「紐を引っ張ったら駅弁が一瞬でほっかほかに……って澪、聞いてるのかよー」
「え、紐パン?」
「ちげーよ牛たん弁当だよ」
 確か昨夜放送していた食べ歩き番組の話だったような気がするが、もう私の頭はパンツ一色だった。
 ……いかんいかん。他のことを考えよう、なぜだか顔が熱くなってきたからな。
 パンツ、じゃなくて、えっと、足の爪、膝……何でスカートであんな格好できるんだろう。私だったら胡坐ですらできないのに。一人だったらやるけど。恥ずかしくないのかな。私には気を許しているということなのだろうか。
 それだったら嬉しいけど(別にパンツが見えるからじゃなくて)。
 それとも、本当に気にしていないだけなのだろうか。律って、私よりスカート短いし、大雑把だし、見るなら見やがれ、くらいに思っているのかもしれない。
 昔から男勝りなところはあったけど、まさかそこまでとは。
 そのうち部屋着がパンツ一丁になったりして。
 ……さすがにそりゃないか。
 昔、といっても小学生のころ。私たちが出会ったころのこと、律はそのときから元気いっぱいだったけど、別に男勝りなんていうほどではなかったと思う。私の記憶が確かなら、当時律は今と比べれば結構スカート率高かったし、案外虫とか苦手だったし、冗談めかしても男言葉は使っていなかった。
 それが、私と仲良くなって、いつの間にかいつも私の前に立って、いつも私を守ってくれるようになってからというもの、律はどんどん勇ましくなっていったように思う。私をからかってくる男子とも平然と張り合っていたし(男女、なんて呼ばれながら)、部屋に出たゴキブリも蚊も蝿もいつも律が退治してくれた。
 お陰で今でも私は虫に触れないのだが。
 つまり、私な怖がりで気が小さくて泣き虫なところが今の律のキャラを形成したのではないだろうか。ネガティヴな言い方をすれば、私のせいで律は「可愛い女の子」ポジションを失ってしまったのではないのか。
 今の律だってもちろん好きなんだけど。
 可愛いのだけれど。
 でも、階段でスカートを気にしたり、あくびのとき口を押さえたり、ちっちゃな虫に悲鳴を上げる律であっても、それはそれでいいのではないだろうか。
 そう思ったら、何だかひどく残念なような、小さな罪悪感が胸を疼かせた。
「澪さっきから何ちらちら見てんだ……?」
「え、いや、見てないぞ、パンツなんか」
「パンツ? ……あっ」
 ばっ。
 律は弾かれたように脚を直した。
 同時にスカートを思いっきり引っ張る。
「いっ、言えよっ! 見えてんならさっ!」
 律の頬がみるみるうちに真赤に染まる。
「なんか言い出しにくくて……」
 どうやら、単に気づいていなかっただけらしい。
 律の男らしさが格好に表れていたわけではなかったのだ。
 なあんだ。
「にやにやすんなっ!」

↑2010冬コミ 安パン様「ロックンロール全開」で漫画にしていただきました。

あててんのよ(10/12/08)

 澪は怖がりだ。
 それも並みの怖がりじゃない。
 お化け屋敷に入ると澪の悲鳴でお化け役が泣き出すくらいの怖がりだ。
 特に怪談、痛い話、真っ暗闇は大の苦手だ。私と寝るときなんかは強がっているのか、電気は全部消すけれど、澪のお母さんに聞いた話だと一人で寝るときはいまだに豆球が点いていないと寝られないらしい。
 夜中トイレに行くのが嫌だから、寝る二時間前からは絶対何も飲まないし、寝る前のトイレも万全だ。
 ちなみに澪の最後のおねしょは六年生のとき、うっかりお風呂上りにアイスの誘惑に勝てず、真夜中のネイチャーコーリングとの戦いの末、結局怖くて部屋から出られなかったのが真相だそうだ。(澪ママ談。私が知ってることを澪は知らない)
 そんなどうしようもない怖がりなのに、指の隙間からつい覗いちゃう心理とでもいうのか、私がホラー映画とか、本当にあった呪いのビデオ! とかを借りてくるとなんだかんだ一緒に見るのだ。
 見るっていうか。
 私が見てる横でビクッてなったり、半べそをかいたり、私に抱きついて私の肩越しにちらちら画面を見るのだ。
 見なきゃいいのに、とは思うけど、思えないというか、ついついそのままにしてしまうのは、ちょっと理由があって。理由っていうか、シタゴコロっていうか、単に怖がってる澪がかわいいのもあるけど。
 私と澪が一緒にDVDを見るのは、大体ご飯もお風呂も済ませてからが多い。
 私の家でも、澪んちでも、二人とも部屋着かパジャマに着替えている。冬も暖かい部屋で薄着だけど、夏場なんかTシャツかキャミに、下はパンツなんてこともあるくらいだ。
 馬鹿な話なんだけども。まるでなんか、中学生男子みたいな発想なんだけれども。
 薄着で抱きつかれると。
 まあ、なんだ。
 うん。
 当たってんだよね。
 やーらかいのが。
 チョット澪ちゃん私の二の腕を何で挟んでんの! なんてからかうと、真赤になってすぐ離れるのに、五秒くらいするとまた元の場所にコバンザメ。
 当ててんのよ、って奴?
 これなんてラッキースケベ?
 澪は分かってるんだか分かってないんだか。たぶん怖くてそれどころじゃないんだろうけど。見なきゃいいのに、とは言わない私、澪がビビり過ぎて泣いちゃったときにヨシヨシして上げるのは、結構好き。
 白状すると私もほんとはホラーってそんなに好きじゃない。でも澪の怖がってるとこ見たくて、つい借りてきちゃうのだ。まあ、実際は内容なんか大して頭に入っていない。次の朝澪を脅かすには、パッケージ裏のアオリだけちょっと覚えてれば充分だし。
 何が言いたいかっていったら、私って澪のこと好きすぎるかもってことか。
 あと、むっつりスケベですいません。
 今日は動物ものにしようか? 澪。
 ジョーズみたいな。

ミストサウナ(11/02/01)


「よーしパパミストサウナ付けちゃうぞ」
 とは言っていなかったものの、パパのひと言で我が家のお風呂にはミストサウナが付いた。工事でお風呂使えない間は律の家で貸してもらおうかな、ついでにお泊りさせてもらおうかな、えへ。なんて思って(ちょっと期待して)いたのだけど、買ったのがエアコンみたいな壁掛けタイプだったので、学校から帰ってきたらもう終わっていた。
 なんで残念そうなのよ? なんてママに言われて、誤魔化してたら顔が赤くなってしまった。
 口実がなくてもしょっちゅう泊まっているとはいえ、でもやっぱり泊まれるならそれはそれでよかったのに。朝起きて律が隣にいる幸せは何ものにも代えがたいのだ。
 うん。
「できたら入りにいっていい!?」
 この話をしたら律が目をきらっきらさせていたのを思い出し……いや、思い出すまでもない。いつになったら律を呼べるのかずっと楽しみにしていたので、お風呂を見るなり速攻で律にメールした。
「はひー、こんちはー! じゃないや、こんばんは! ゲホゲホ! お邪魔しまーす!」
 すぐ来た。
 真赤な顔して。
「なんでそんな息切らせてるんだよ。どんだけ急いできたんだ」
「だって見たかったんだもーん」
 可愛いなあまったく。
「どんなんどんなん?」
「見た目はなんかお風呂にエアコンついたみたいなの」
「あ、これ、お母さんが持ってきなさいって」
「あら悪いわねえ」
「え、何そのキャラ」
「ママー、律がこれー!」
 お風呂を見せてから取り敢えず部屋に行った。律が色々聞いてきたので取説を一緒に見る。
「つまりどういうこと?」
「え……ほんとに読んだのか?」
「だってこういうのよく分かんないんだもん」
「はぁー」
 律は説明書を読まない子だった。唯と気が合うのも頷ける。
 唯と律が読まないタイプ。
 私と梓が読むタイプ。
 ムギは読まなくても他の人がやってくれるタイプ……に見せかけて、熟読して自分でやりたがるタイプ。五人いたら二人が読まなくても何とかなるってことだな。
 あー、だめだ。
 甘やかすと律によくないと思いながら、私の口癖は「仕方ないなあ」になっている。
 ドラえもんじゃないんだから。
 ……でも律が一人で何でもできる子になっちゃったら寂しいかも……。
「分かんないから澪やって。一緒に入ろーぜ」
「はいはい仕方ないなあ……ってぇえええええ!」
「何?」
「えっ、いや、何でもない……」
 一緒にお風呂……。
 入ったことあるけど。お湯の中と外って違うじゃん。みんなと一緒に入るのも違うし。
 湯気の中で二人っきりで全裸か……。
 律の、あったまってほんのり桜色の、律の、あの……その……。
 ごきゅ。
「みおー?」
 気づいたら目の前を手のひらがぱたぱたしていた。
「あ、ああ、いや、うん何だその、じゃあ一緒に入るか……」
「へへー、頼んだぜー」
 ニコニコしてる律を見て私はもう脳みそがミストサウナ。