期待

「カレー?」
 余計な前置きを抜きにいってしまうと、俺は今長門と長門のマンションの側にあるスーパーに来ていた。ともすればインスタントに偏りがちな長門の食生活を懸念を覚えた俺は、普段から世話になっているこいつへ感謝の気持ちを込めて、手料理を振舞って差し上げようと思い立ったのである。これがきっかけで長門も自炊に目覚めてくれれば感無量だ。料理は上手らしいから、宝の持ち腐れじゃないか。
 ところで先ほどの質問は、カゴにジャガイモとタマネギ、ニンジンを入れた時点で長門が発したものだ。カレーじゃないぞ。しかしお前はカレー好きだな。
「わりと」
「けっこう、だろ」
 サヤインゲンを追加したあと、精肉コーナーに移動し、豚コマ肉をカゴに入れる。折角なので、少し高くなるが黒豚にしよう。
「ポークカレー?」
「いや種類の問題ではなくてだな」
 次に豆腐などが陳列された冷蔵ケースへ向かい、白滝を取る。
 長門は怪訝そうに首を傾げた。
「……カレーに?」
 だからカレーじゃあない。

 調味料は一通りあるとのことなので、買い物を切り上げて七〇八号室へ。ちなみに味噌汁の具も買っておいた。
 歩きながら、長門は俺の持った買い物袋をじっと見ていた。
「何カレー?」
 違うってば。
 部屋へ着くと、まずあらかじめ水に漬けておいてもらった米を炊きはじめる。ヤカンで湯を沸かしつつ、ジャガイモとタマネギ、ニンジンをシンクに開け、皮を剥き、ジャガイモは芽を取ってタマネギ、ニンジンと共に食べやすい大きさに切る。我が家のレシピでは大きめに切るのだが、長門の口はちっちゃいから四分の一にしておこう。まあどうせ煮崩れるのだが。
 ところで包丁で指を切ったりはしなかったので、嬉し恥ずかしイベントは特になかった。期待していた方がいらっしゃったら、申しわけない。
 白滝はアク抜き済みのものを買ってきたので、次に鍋に油をひいて肉を炒める。火が通ったらジャガイモとタマネギを投入、ジャガイモの表面が薄っすら透けてきたら沸かしておいた湯を入れ(水から始めるより早いからな。白滝も忘れずに)、煮立ったら醤油、みりん、酒、砂糖を加え、中火で煮る。レシピによって色々順番が違うようだが、気にしないでくれ。
 長門は側に立ってその様子をずっと見ていたが、調味料を入れた辺りでびっくりしたように手を上げて何かを掴むような動きをした。
「……カレー……」
「まあ待ってなさい」
 煮ている間に味噌汁を作ろうとして、ダシを探していると棚から大量の昆布が出てきた。
「以前朝倉涼子が持ち込んだもの」
「おでんか」
「おでん」
 あいにくと鰹節も煮干もなく、例の顆粒ダシがあったのでそれで代用する。確かに長門がダシを取っている姿は想像できないが。
 豆腐と喜みど――ワカメの味噌汁を作り、サヤインゲンは、長門が「何に?」と差し出してきたのでやっと思い出して最初の鍋に入れた。慌てたのでスジは取り忘れた。すまん。
 長門には箸だけ持ってコタツで待っていてもらうことにして、ご飯(特盛)とおかずを盛りつけると、お盆に載せて持っていく。
「お待たせ」
 既に箸を握っている長門は俺の持ったお盆を穴が開くほど見つめている。
「なに?」
「肉じゃがだ」
 あっという間に食べ終わった長門はおかわりで五合炊きをあらかた食べ尽くし、三リットル鍋いっぱいに作った肉じゃがを三分の二ほど腹に収めた。
「うまかったか?」
「かなり」
 新しい副詞が出てきたな。気に入ったのなら、難しくないから自分でも作るといい。料理は上手いんだろ?
 長門は珍しくはっきり分かるくらいに頷いたが、窺うような目をしていった。
「……でもあなたが作ったものも食べたい」
 おいおい、嬉しいことをいってくれるじゃないか。母親に手伝わされつづけてきた甲斐があったってものだ。帰ったら肩でも揉んでやろう。
「よし、じゃあ次は何がいい?」
「カレー」
 他にないんか。

これ書いてるとき脳が腐っていたようで、三十リットル鍋とか書いてました。給食作るんじゃないんだから。

(2007/12/10-24)