色イロモノ物ガタリ語
第二話
つきひレポート
お兄ちゃんが変だ。 火憐ちゃんもおかしい。 というか二人が変なのだ。 仲がよすぎる。 仲がいいのは別に悪いことではない。むしろ結構なことだ。喧嘩ばかりよりはいい。喧嘩もコミュニケーションの一種だとも思う反面、家族間の他愛ないスキンシップの一部とも思うけれど、ぶつかりあわなくてもお互いの意志を伝えあえるのならば、どつきあって首を絞められるだけ体力の無駄遣いだろう。 汗もかくし。 お風呂の回数も減って家計の節約にもなるというものだ。 確かに一抹の寂しさは覚えるけれど。 仲よくすることはやぶさかでもないのだ。 最近お兄ちゃんが本気で相手をしてくれなくなったことも薄々感づいていたところでもあったし。 歓迎すべきことだろうと思う。 「…………」 にしたって。 何なのだろう。あの二人は。 私の兄と姉は。 何であんなにべったりなのだ。 この暑いのに。 ていうか熱いのに。 意味もなくキレそうになる。 べったり具合では私だって火憐ちゃんとはいつでもべったりだったのだから人のことは言えないのかもしれない。 でも、兄と姉なのだ。それも高校生と中学生。 百歩譲ってそこまではアリだとしよう。 でも、ついこの間まで本気で殴り合って流血していたような二人なのだ。 嫌い合っていたわけではないだろうけれど、その二人は今。 ソファーに座ってテレビを眺める火憐ちゃん。 その膝に頭を乗せて単語帳をめくるお兄ちゃん。 無意識なのか、何気なく火憐ちゃんはお兄ちゃんのアホ毛を指に巻いたりして弄んでいる。 なんだその気だるげなひととき。 べったりにもほどかある。 ここ数年なら絶対ありえなかった。せいぜいお互いをソファーから蹴落とすくらいのスキンシップしかなかったと言うのに。 膝枕って。 それって、したくなければ全くする必要のない行為だよ。むしろしたくなきゃしないよ。 したいんか。 膝枕したいんか! 兄妹で膝枕して何が楽しいの? わけもなくプチムカつく。 「何だ月火ちゃん、そんなとこで突っ立って一人大量の汗を流して。どうせなら兄と姉のためにアイスでも取ってきてくれよ」 「……自分で取れば。私は自分の分だけ出して食べるから」 「うわ。冷たい。アイスのように冷たいよ。聞いたか火憐ちゃん、我らが妹の言葉を」 「……てゆうかアイスあったっけ?」 私は冷凍庫を開けた。 引き出そうとした。 何かが引っかかって開かない。揺すっても少し力を入れてみても出てこない。 ムカつく。 「この」 「待った待った待った」 力任せに引っ張り出そうとしたところで、両脇から抱え上げられる。身体が斜めっているのは二人がかりだからだろう。 見ると案の定、高い方は火憐ちゃんで低い方がお兄ちゃん。 息ぴったりだなオイ。 「落ち着け月火ちゃん。冷凍庫は悪くない。冷凍庫を壊すとみんなが不幸になるぞ」 「こーゆーのはさあ、ほらこうやって……ほい」 火憐ちゃんが角度をつけて持ち上げると、がこんと音を立てて庫内が露わになる。 「あー、これだな、これ。肉」 「冷凍ものはいびつになりがちだからなあ」 肩を寄せて冷凍庫を覗きこむ二人にはやはり違和感を禁じえない。 いかにも仲良しだ。 「やっぱねーな、アイス」 「仕方ないな、優しいお兄さまが買ってきてやろう。火憐ちゃん月火ちゃん、何かリクエストは?」 何とまあ私にも優しいときたものだ。いつもなら仁義なきジャンケン戦争が始まるところだと言うのに。 どうかしている。 「ん。あたし一緒に行くわ」 ほら来た。数々の不可解現象の一つだ。家の中だけでなく、外出も一緒。さすがに毎回ではないけれど、ちょっとした買い物、コンビニとか本屋にお兄ちゃんが出かけると、火憐ちゃんはふいっとついていってしまう。 小学生までの私たちは本当に、どこへ行くにもお兄ちゃんにくっついて歩いていたものだけれど。あのころはお兄ちゃんがひどく大人に見えて、お兄ちゃんに連れられて行く場所は、全てが目新しくて胸が躍ったものだが。 年齢差が変わることはないけれど、成長してしまえば少しずつ精神的な歳の差は変わらなくなっていく。中学生と高校生なんて大して違うわけでもない。 高校生がそんなに大人じゃないように。 中学生もそんなに純ではないのだ。 はじめてのおつかいでもあるまいに、そんな組み合わせでアイスを買いに行って何が楽しいのだろう。恋人同士だったらともかく。 確かに恋人同士だったら楽しいだろう。二人でならどこへ行ったって楽しい。逆に言ったらどこへでも一緒に行きたいということだ。 蝋燭沢君とデート。楽しい。と言うか二人で行くならどこへ行くのだってデートなのだ。 「じゃあ、月火ちゃん。何がいい?」 「ピノ。バニラ以外は認めない」 「ピノね。ファミリーパックでも買ってくるか。僕はチョコさえあればいいから。バニラは全て月火ちゃんに譲ろう」 「よっしゃ! 抹茶買おうぜ抹茶!」 「抹茶のファミリーパックはねえよ」 「抹茶なんか買ってきたら泣くからね!」 「茶道部のくせに……」 わいわいと賑やかに。 楽しげに。 阿良々木家の長男長女は連れ立って出かけていった。 悪寒がした。 こんなに暑いのに。 何だろう。何か嫌な予感がしたのだ。おそらく自分が考えたことに対して。二人について考えたことの一部が、嫌な感じに的を射てしまっているような予感がする。そもそもどうしてそういう考えにいたったのかと言えば、二人が余りにも仲良しべったりだったからだ。 なんだっけ。 中学生? おつかい? 恋人? 「…………」 汗が、脂汗に。 ああそうだ。 仲良し。 一緒に買い物。 膝枕。 手遊びに髪の毛をいじる。 そこから想起したのは恋人のそれだった。 ていうか。 それだけじゃなかった。 家にいるとき火憐ちゃんはお兄ちゃんの部屋にいる時間が増えたし、リビングでも二人で座っている姿をよく見かける。喧嘩しそうになってもしばらく目を合わせただけでやめてしまうことが多くなった。よしんば喧嘩になっても軽く小突きあうくらいだ。今までに比べればじゃれているようなものである。 火憐ちゃんのお兄ちゃんを睨むときの目線、前より優しい。 お兄ちゃんの火憐ちゃんを叱るときの言葉、前より優しい。 そういえばこないだ、アイスひとくち頂戴、あーん、とかやってた。 そういえばこないだ、部屋に戻らないと思ったらお兄ちゃんの部屋で寝てた。 そういえばこないだ―― うわ。 なんだこれ。 なんだあいつら! いや、いや、いや、まさかだ。まさかだよ。まだ紹介してもらってないけれどお兄ちゃんには彼女がいるし、火憐ちゃんは瑞鳥君と付き合っている。 あれ、でも最近瑞鳥君とは不協和音とか、何とか(でも順調なんだよね?)。 お兄ちゃん、火憐ちゃんにキスしたとか、何とか(私もされたけど)。 それはノーカンとしても(ノーカンとしたい!)。 そもそも、二人が妙に接近しだしたのはいつからだっけ? 確か。 ああ、そうだ。 あの日。 我が家の玄関が門扉ごと跡形もなくぶち抜かれたあの日の朝。お兄ちゃんの部屋には鍵がかかっていて、中にはお兄ちゃんと火憐ちゃんがいて。 ノックをしたら慌てたような気配がして。 ドアが開いたらお兄ちゃんの口から血がひと筋。 二人して赤い顔をして、喧嘩をしていたように装っていたけれど。 そのときは追求もできないうちに逃してしまって、それから色々あって問いただすタイミングも逃しっぱなしであったけれども。 お兄ちゃんの部屋は妙に湿度が高くて、乱れたベッドの上にはなぜか火憐ちゃんの歯ブラシが放置(しかも使用後)。 ていうかパーカーのフードが裏返ったお兄ちゃんはこれから決着をつけるみたいなことを言っていたのに、鞄を携えていた。 ていうかおざなりなポニーテイルの火憐ちゃんはお兄ちゃんの服を着ていた。 謎。 やがて二人が帰宅する騒々しい音が新しくなった玄関から聞こえてきた。何やら談笑しているようだ。何がそんなに楽しいものやら。 それにしても私のこの感情は何なのだろう。危機に対する警鐘にも思えるけれど、その危機は具体的に考えたくない質のものだ。 きっと私と仲よしだった火憐ちゃんが急にお兄ちゃんと仲よくなったから、火憐ちゃんを取られてしまったような疎外感があるのだろう。要するに嫉妬しているのだ。 そうに違いない。 そう思いたい。 そうでないと困る。 だって、そうでなかったら何が起きたというのだろう。 「うわ! 冷て! 何すんだこいつめ!」 「ちょっ! 背中はなし! マジ勘弁マジ勘弁うにゃー!」 いちゃついている。帰ってきて早々いちゃついている。まさか道中行きも帰りもこんな調子でキャッキャウフフか。 頭が痛い。 「ぎゃあ!」 私にまで余波が。 はだけた浴衣の胸の上にピノの箱が置かれている。 とばっちりだ。 「普通に渡せないの普通に!?」 「まあまあアイスが溶けるぞ月火ちゃん」 「お兄ちゃんの脳が溶けてんじゃないの!?」 「何? 兄に向かってなんて言いぐさだ!」 これでも食らえ!――もう一つのアイスがお腹に押し込まれる。 「なぁにすんじゃー!?」 ソファーに寝そべった姿勢から足を跳ね上げ後転寸前でお兄ちゃんの顎を捉える。 捉えたかに見えた。 「甘い!」 火憐ちゃんほどの身体能力を持たない私の両脚は敢えなく捕捉され、半端な吊し上げとなってしまった。 「ああ、この子ボクサーだよ。ボクサー穿いてるよ。残念極まりないね。ボクサーを穿いてセクシーに見えるのはボンッキュッボンッのわがままボディかスポーティな体育会系女子だけだぜ」 「パンツ見んな! 批評すんな!」 「てゆーかあたしのホームランバーが溶けるだろ!」 「ホームランバーって! 安っ!」 「使うなら兄ちゃんのガリガリ君にしろよ!」 「最安の組み合わせだ!」 なぜアイス一つ受け取るだけで兄にパンツをまじまじ眺められた上で頼んでもいない評価を受なければならないか。 恥辱。 恥辱以外の何物でもない。 「あ、ガリガリ君ひと口」 出ました。あーん。 ていうかまたしてもソファーでお隣さん。スペースはあるのに妙に近い。 お兄ちゃんのガリガリ君に首を伸ばす火憐ちゃん。さりげなくお兄ちゃんの肩に手を添えている。 無駄なスキンシップ。 「ならそっちもくれよな」 「断る! ホームランバーにとってひと口がどんなに大きな割合を占めるか知らねーのか!」 「ケチな妹め。別にガリガリ君だってさしてでかくねえよ」 「だってあれだろ。ガリガリ君なんて水みたいなもんじゃん。氷だよ氷。ただの氷」 「ひと口はひと口です」 「うわっ! 豪快なひと口! 男らしい!」 押しあいへしあい。 いちゃいちゃいちゃいちゃ。 暑苦しい。正直ムカつく。 「お兄ちゃんたち何、何なの、何でそんな仲睦まじいわけ?」 二人は一瞬固まり、顔を見合わせ、素知らぬ体で、しかし同時にアイスを口に運ぶ。ある意味鏡でも見せられているかのような見事なシンクロだった。 似てるな、この二人。私も含めて。 つられて私もピノの最後の一つを食べる。チョコのコーティングの内側で半ば溶けかけたバニラアイスがわずかに不快指数を上げた。 「まあ、なんだ。なんでと言われてもな」 「まあ、ううん」 「世の中には仲のいい兄弟も仲の悪い兄弟もいる……僕と火憐ちゃんはたまたま前者だったと、それだけの話だよ」 もっともらしいけれど大して中身のないことを言い、わざとらしく頷くお兄ちゃん。 「お兄ちゃん私のことバカだと思ってるでしょ」 「うん」 「プチムカつく!」 「プチなんだ……」 「最近の! 夏休み入ってからの! もっと言や八月十四日からのことを言ってんの!」 あからさまに。 二人の表情が強張った。 嫌な方向だ。 悪い傾向だ。 やばい兆候だ。 長男と長女が末の妹に知られたくないこと。 密室で行うこと。 場合によっては歯ブラシを使うこと。 その結果妙に馴れあいだすこと。 「兄ちゃん、アイスが溶ける」 「おお、いかんいかん」 「もっと上手く誤魔化せ!」 これはどう考えても、いかに判断しても、幾ら熟慮を重ねたところで、あの日密室で何かが行われていたと思わざるをえない。ていうか火憐ちゃんが突然髪を切ったのもよく分からない。 切ったっていうか切れちゃった感じ。 本人に聞いても忘れているし。 お兄ちゃん曰く火憐ちゃんが自分で切ったらしいけれど。 それにしてもその後美容院に連行された火憐ちゃんが帰ってきたときのお兄ちゃんの反応。 ありゃなかった。 火憐ちゃんの反応もひどかった。 二人ともお互いに、不自然に、正面から向き合おうとせず、なぜか照れて。 「い、いいんじゃないの」 「そ、そーかよ」 とか、何とか。 そのあとお兄ちゃんの部屋から、無理矢理可愛いと言わせようとする押し問答が漏れ聞こえてきたりこなかったり。 兄の評価に何の価値があるのだ。 「……誤魔化すといってもな、誤魔化すようなことなんてないし」 「そーそー、あたしと兄ちゃん、昔から超仲よしだぜ!」 お兄ちゃんの目は若干泳ぎ気味だったけれど、火憐ちゃんは自信満々に答えた。下手をすると既にそうだと思いこんでいるのかもしれない。 我が姉ながら不安を覚える。 「嘘だね。あの日くらいから急に仲よくなったもん。ていうかベタベタしだした。うっとうしくて暑苦しい」 「いやー。あの日からっつうか? あのあたしが熱出したときじゃねーかな……」 「ちゅーされて惚れたんだ」 「ほっ……惚れねーよっ!」 されたことは否定しなかったな。 この兄、本当に病身の妹にちゅーしてやがった。 意味分かんない。 「そこじゃなくてさ、あたしが熱出したまま飛び出してったとき。兄ちゃんがフルボッコにされつつあたしを止めてくれたんだよ」 「フルボッコ? 誰に?」 「あたしに」 「お前か!」 「熱があったとはいえあたしの全力をさ……倒れても倒れてもゾンビのように起き上がってきてさ。ありゃあたしの負けだったよ。完敗。しかもあたしを止める理由ってのが、誰あろう自分をタコ殴りにしてるあたしのためだってんだから、まあなんだ、惚れるわな」 アイスの棒をくわえたまま腕を組み、しみじみと語る火憐ちゃん。 そんなことも、確かにあった。血だらけのお兄ちゃんが火憐ちゃんを背負って帰ってきた。翌日火憐ちゃんの熱は嘘みたいに収まって――「悪」は去ったのだった。多くは語らなかったけれど、たぶん、片をつけたのはお兄ちゃんだったのだろう。 「そーいうわけでそれ以来あたしは兄ちゃんラブ! な妹の設定になったわけよ」 火憐ちゃんはいい笑顔で決めた。私だから分かるがそれは嘘ではなさそうだ。 ていうか設定って。 「で、お兄ちゃんラブ! な火憐ちゃんはお兄ちゃんと密室で何を」 再び顔を見合わせる二人。 「喧嘩?」 「ラブなのに?」 「んな昔のこと覚えてねーし」 「もっと前のことは覚えてたのに!?」 「あたし昼寝するわ」 「もっと上手く誤魔化せ!」 だめだこの姉。 私は火憐ちゃんの尋問を諦めた。これ以上得るものはないだろう。取り敢えず火憐ちゃんがお兄ちゃんを好きだというのは事実だと思う。言われてみれば今年の春くらいから、お兄ちゃんはいい方向に変わっている。大人になったと言うべきか、私たちと本気で喧嘩もしなくなったし、諦めかけていたと思っていた勉強にもまた身を入れはじめたみたいだ。信じがたいことに数年来皆無だった友達もできたし、今では彼女さえいるらしい。 夏に入ってからは、何をどうやったものか、私たちの手に負えないことを肩代わりすらしてくれた。 意味もなく妹にちゅーしたりおっぱい触ったりもするけれど、ちゃんといいお兄ちゃんしているのも本当だ。今までが悪い兄だったというわけでもないとはいえ。 それでも何か、変わったとしか言いようのない何かが、お兄ちゃんに起きたのだ。 火憐ちゃんが「兄ちゃんラブ!」になった心情というのも、まあ大袈裟とはいえ分からなくはない。 私だってそれなりに見直してはいたのだ。 しかしあくまで妹側の視点であって、お兄ちゃんの私たちに対する態度というのは、余り喧嘩をしなくなったという点以外はさして変わらなかった。うっとうしそうだし迷惑そうだし、生意気さに苛ついていたと思う。 表面的には「お前らなんか嫌いだね! フン!」といったツン具合だった。 私にも生意気な自覚はあるけれど。 だからといって、妹側がデレたからといって、兄側も急にデレだすものなのだろうか。 我が兄を見る。ちなみに火憐ちゃんはお兄ちゃんに脚を乗せて既に寝ていた。 三秒で寝る女だ。 「お兄ちゃん」 「……なんだい月火ちゃん」 立ち上がる。 「お兄ちゃん、だーい好きっ!」 とびっきりの媚び顔で。 私はお兄ちゃんに飛びついた。 「ひいっ! 何すんだやめろやめろやめろやめろ!」 全力で妹を押しのける兄。 「ほらそうなるでしょ普通」 一切の未練もなく離れる妹。 「試しやがったな! ……いや、いやいや、火憐ちゃんにだって最初はこうだったんだぜ? 火憐ちゃんに飛びつかれてみろ、身の危険どころか死の恐怖を感じるぞ」 「今はなんで平気なのよ」 「それは……慣れたというか」 「じゃあ私これからお兄ちゃんラブ! な妹になるね、って言ったら」 「それは気持ちが悪いなあ」 気持ちが悪いとか言った。 実の妹を気持ちが悪いとか言ったよこの兄! 「ではお聞きします」 「できたらやめて」 「私と火憐ちゃんの違いはなんでしょう?」 「ツリ目かタレ目かってことじゃない?」 「死ねや!」 「うわっ!」 私がピノの楊枝を繰り出すと、お兄ちゃんは左手でそれをいなし、右手は思いっきり私の頬を張った。容赦のないビンタだった。何だこの格差。 火憐ちゃんはいびきをかいていた。 「火憐ちゃんだってさすがに殺そうとまではしなかったぞ!」 「黙れシスコン! アララギ・カレンスキー!」 「僕ファーストネームがアララギなの!?」 「シスコンに突っ込んでほしかったね!」 楊枝を突き立てようとする手を掴まれ、斜め懸垂の裏返しみたいなポーズで捕らわれる。 「ああ、分かった分かった分かった。分かったよ。月火ちゃんも兄といちゃラブしたかったんだな。抱きしめて撫で撫でしながらほっぺにちゅっちゅしてあげよう」 「やめろ! キモい!」 抱きしめられる前に脚をねじ込み、お兄ちゃんの顔を踏んで力いっぱい押しのける。 「おいおい、いいのかな月火ちゃん。そんなことをして兄がMだったら……」 「ぎゃーっ!」 慌てて手を振りほどき、ソファーの反対側まで逃れる。 「お兄ちゃんMなの!? マジキモい!」 「踏まれて悦ぶ趣味はないな」 「妹といちゃラブする趣味はあるというのか!」 「まあ、たしなむ程度に」 「おえっ、シスコン認定!」 「まあそういうなって、別によそだってこれくらいするって」 「『妹なんてみんな死んでしまえばいい』とか言っていたあのお兄ちゃんがしているから問題なんだよ!」 「え……誰それ……何その痛い人……」 「お前だ!」 「僕も昼寝しようかなあ」 「もっと上手く……ああもういい!」 ピノの箱を叩きつけると、私はお風呂に向かった。無駄な汗をかいてしまった。 何だかもうどうでもいい。好きなだけいちゃラブしていればいいのだ。 私にはどうしようもない。私の手には負えない。思えばお兄ちゃんだっていつも私たちに手を焼いていた。今は私が三分の一なのだ。三分の二にはどうしたって勝てまい。 そうか。 羽川さんに聞いてもらおう。 |
09/11/17
「私はちゃんと羽川さんって呼んでるよ」とのこと。
名無し様ご指摘ありがとうございました。(09/11/23訂正 最終行/誤「翼さんに」正「羽川さんに」)