こよみナイトメア

03

 恩を返したい、とは思っているものの、全体的に見て、羽川が僕に頼みごとをするより、僕が羽川に対して何か頼むことが多いような気がする。
 それはたぶん気のせいではなく、実際に羽川が僕の力になってくれることの方が断然多いのだけれど。
 とは言うものの、現在戦場ヶ原の助力を得て奮闘中とはいえまだまだ落ちこぼれの僕が、成績以外も完全無欠な羽川に対してしてやれることなんて、殆どないも同然だ。精々、お側に侍らせていただき、委員長様のお手を煩わせるまでもない些末事を代わりにさせていただく程度だろう。
「用事って……あはー、戦場ヶ原さんでしょう? 仲がよろしくて何よりです」
「あ、いや、それはいつもどおりの勉強会で、勿論仕事を終わらせてからで構わないんだけど、その前にもう一つ片づけておかなきゃいけないことがあってさ。だから早めに切り上げさせてほしいんだ」
 こうしてまた僕の方から何か頼みごとをしているわけで。心苦しい限りだが、羽川は快く許してくれるのだった。
「うん。早めになんて言わず、今日はもう帰っていいよ。何か気がかりなことがあったら、作業にも身が入らないでしょ?」
「いいの? じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ。今度何か埋め合わせするからさ」
 と、こうしてまた羽川に甘えてしまう僕なのだった。羽川には恩義が積み重なっていくなあ。一生かかっても返せるかどうか……ああ、でもつまり恩を受け続ける限りずっと羽川との関係も続くわけか。
 いいな、恩。
 返さない方がいいかも。
 僕の心に満ちた羽川への熱い想いに水を差したのは羽川だった。僕の目の前で手を振っている。
「やだ、阿良々木君顔が弛緩してるよ? さてはいやらしい本でも買いに行くのかしら? 阿良々木君も男の子だから仕方ないとは思うけれど、それは副委員長としての仕事をなおざりにしてまでしてすることなのかな?」
 どうやら僕はにやけていたらしい。
「んなわけないだろ……僕はどれだけ盛りの季節なんだよ。ていうかどれだけ信用されてないんだよ、余りのショックに泣きそうだよ。あ、涙出てきた」
「え、阿良々木君泣くの? それはちょっと見てみたいかも」
 何というブラック。
 ブラック羽川だ。
 しかしブラック羽川というとまた違ったイメージのキャラになってしまう。
 な行の言葉を喋らせると可愛いという以外には何の益体もない、というか害悪な。
 障り猫。
 それに関しては僕も羽川も思い出したくない思い出だから、別の呼称を考えるべきだろう。
 さて。
 黒を表す横文字の表現ってブラック以外だと、エボニー、ジェット辺りだろうか。大雑把にダークとかも含めていいかもしれないが、それだと暗そうだしな。
 もちろん僕は根暗な羽川だって愛せるぜ!
 そして実際につけてみると。
 エボニー羽川。日系人かガングロにしているみたいだ。片言の羽川も古いギャルメイクの羽川も、それはそれで見てみたいものだけれど。
 ジェット羽川。
 ジェット・ブラック羽川。うわ、超格好いい。
 漆黒の羽川はニコニコしている。というとRPGのボスキャラの最終形態みたいだが。
「まあ、泣かないけど……泣かないけども、マジで。ああ、戦場ヶ原ならこんな風に庇ってくれるよ。『阿良々木君はずっとそういう顔の人だと思ってたわ』ってさ」
「それ庇ってるんだ……」
 羽川は半笑い、というか若干引き気味だが、戦場ヶ原は僕を罵倒するためには自分を貶めることすら厭わない女だ。僕を庇うために僕を貶すことくらいは平気でするだろう。手段と目的が入れ替わっていようがそんなのは関係ない。
 毒さえ吐ければいいのだと思う。
 酷い。ものすごく酷いのだけれど。
 これまでのところ僕にはマゾっ気などないという認識だったが、こと戦場ヶ原に関しては暴言も毒舌もちょっと嬉しいくらいで、最近では毒舌にも愛を感じるほどだ。重みを取り戻した直後みたいに素直な戦場ヶ原のままだったら、物足りなさすら感じていたかもしれない。キャラ的に面白みがないというか。
「戦場ヶ原さんってかなりツンデレというか……恋人である阿良々木君に対して本当に凄いことを言うのよね。まあもっとも、阿良々木君以外とは殆ど話さないけれど。阿良々木君ってもしかして、罵られて喜ぶ趣味の人なのかな?」
「いや、流石にそれはねえよ。罵られること自体が好きなんじゃなくて、それを含めたやり取りが好きなんだ。僕をそんな特殊な性癖の人と一緒にしないでくれよ、神原じゃあるまいし」
 神原は褒めても貶しても喜ぶからな。意外に便利な、というかポジティヴな性癖なのかもしれない。神原と戦場ヶ原は中学時代ヴァルハラコンビとして名を馳せていたらしいが、戦場ヶ原がひねくれて性格が悪くなった今こそ相性は最高なのではないだろうか。戦場ヶ原が罵り、神原が喜ぶ。
 嫌なコンビだ。
「あ、そう、神原さんと言えばね」
 羽川に神原との距離感を注意されてから暫く経つが、別に何も改善はされていない。くっつくなと言ってもくっついてくるし、神原は相変わらずベッタベタに僕に懐いたままだ。あの嫉妬深い戦場ヶ原も神原には妙に甘くて、その点は全く気にしていないし、僕も内心は嫌がってはいないせいか強く拒絶したことがないせいなのだけれど――実の妹にそんなにベッタベタに構われたらそれこそ気持ちが悪いけれど、きっとそんなことは未来永劫起こらないだろうとしても、それに比べて神原は実の妹でも義理の妹でもないし――少なくとも僕は戦場ヶ原一筋で、ドロドロの三角関係なんてお断りだからその辺は弁えているつもりなのだ。
 問題は羽川が心配するような当事者同士の関係ではなく、神原が所構わず二六時中僕に構ってくるところを見咎められたりして、学校の元スターにやたらと好かれている落ちこぼれ男に脅迫文でも送りつけられはしないかということだ。
 脅迫文ならまだいい。
 殺されでもしたらどうするのだ。それではどうしようもなく効率的な悪の連鎖が始まってしまう。その結果は、不特定多数の死者と二人の犯罪者だ。
「神原さんね、最近告白を断ったらしいのよ」
「そりゃあそうだろうなあ。神原に告る方も相当勇気要ると思うけど……っていうかそんなことまでよく知ってるもんだ。ほんと、お前は何でも知ってるよな」
「何でもは知らないって。知ってることだけ」
 このやり取りも何度繰り返したことか。飽きないなあ。
 羽川は飽きてるかも。
「それで、断った理由と言うのが、好きな人がいるから、ということらしいんだけれど」
 あいつは戦場ヶ原が大好きだからな。
 百合だし。
 羽川の表情に、一瞬何やら面白がっているような雰囲気が見えたような気がした。
「『私は阿良々木先輩が好きなのだ!』って、断ったらしいのよ」
 急激に頭が痛くなってきた。
「バ、バカだ。すごいバカだ! え、何、あいつそういうこと言ってるの? 普通に言っちゃってるの? ていうか何で羽川もそんなことまで知ってるわけ?」
「神原さんは有名人だからね、それに振られた人からも話が漏れてるみたいだし……と言うのも勿論なんだけれど、神原さん最近公言して憚らないらしいのよね、阿良々木君が好きだって」
 ちょっとバカな奴だとは思っていた。というか、虚仮の一念、くらいには思っていたのだけれど、ここに来て認識を改めなければならなくなったようだ。
 初デートの車中で戦場ヶ原は言っていた。神原は単に自分の感情に正直なだけなのだと。
 正直過ぎるだろ。
 幾ら好きでも。
 それはそれで光栄とは思うけれど。バスケ部を引退した今でさえ僕のような塵芥のごとき人間に比べればそれはもう砂粒と天体くらいかけ離れた圧倒的な支持を得ている神原が、彼女持ちだけど冴えないいけてない男に叶わぬ片想い、だなんて。
 人聞きが悪い。
 どう見ても醜聞だ。
 そしてそれによって誰かしらが何かしらの被害を蒙るとしたら。
 どう考えても僕だ。
「実際のところ、どうなのかな? 阿良々木君、戦場ヶ原さんともよい関係を保てているようだけれど、神原さんとも凄く仲良しだよね」
「う、おい、確かにその神原の発言はだいぶヤバいけど、何だよ、その、僕が戦場ヶ原と付き合っていて且つ神原と仲良しという二項の成立が倫理的な問題を孕んでいる、みたいな言い方」
「んんー、私ごときが口出しするのは烏滸がましい話とも思うんだけれどね」
 神原が百合だとかそういったその他諸々種々様々な事情を知らない、羽川のような良識的な人間からしてみれば、そこは注意したくなっても仕方のないことだ。この僕でさえあらん限りの良識を持ち出して注意しているのだから。
 神原本人の耳に入ったら抗議の声が上がりそうだが、正直なところ僕もあいつがどこまで本気なのか分かりかねるところがある。というか本気だったら結構真剣に悩むところだ。神原も戦場ヶ原と僕の関係に支障を来すような事態は望まないはずだし、常に何より僕と戦場ヶ原を優先させるから、僕に対する神原の態度は、過剰に懐いている、という以外の何物でもないはずなのだけれど。
 僕としては、手に負えない妹が一人増えたような認識でいればいいのだと思っていたのだけれど。
 それはそれで――嫌だな。
 手に負えないって。
 完全に問題の解決を放棄しちゃってるじゃん、僕。
 と、羽川に目を遣る。羽川は、僕の背後を見ていた。
 たったったったっ。
 振り返る余裕はなかった。羽川の表情が驚きにシフトするが早いか、背中にものすごい衝撃が襲ってきた。そのまま転倒しかけるのを急制動で支えられる。自動車の急ブレーキとシートベルトの関係に近かったが、ベルトは身体とは平行に腹を押さえていたし、前方に居た羽川の胸はエアバッグの用を果たさずに済んだ。
 残念だ。
 残念この上ない。
「かふっ」
 肺から空気が絞り出された。後方からの衝撃を受け止めたのは弾力に富んだエアバッグでもレンジに余裕のあるシートベルトでもなかったからだ。
「あっららっぎせっんぱい!」
 それは腕だった。
「……飛びつくな……とは言わない、どうせ……聞かないだろうから。だが、せめて、先に声をかけろ! 僕じゃなかったら死んでるぞ! いや、僕でも死ぬ!」
 果たして――追突車は神原だった。百合で受けで腐女子の神原がオカマを掘るというのもおかしな話だけれど、さて置いて。
「それは心外だ! 阿良々木先輩以外に飛びついたりするものか!」
「僕は今ものすっげえ安心したよ!」
「それから、声だが、ちゃんとかけたんだぞ」
 神原はやっと腕を緩めた。肋骨と肺細胞が嬉し泣きしているようだ。
「私の余りの速さに声が遅れて届いたのだ。あ! 衝撃波が来る!」
「お前は人の身でマッハの壁を越えたのか!?」
「落ち着いてくれ、阿良々木先輩。ブレスレット」
「あ?」
「いや」
 ここでようやく、神原は置いてけぼりの羽川に目を留めた。
 途端、笑顔が輝き、期待に満ちた顔を僕に向ける。
 正直、可愛い。
 可愛さがズルイ。
「紹介しよう……と言ってもお互い話は聞いてるよな。羽川、神原駿河、変態だ。神原、羽川翼、委員長だ」
 何と言っても二人とも有名人である。片や学年トップどころか他の全校生徒を直列に繋げても足下にも及ばない「本物」の頭脳と、片や腐っても、いや元々腐っているが元学校の大スター。一方にその自覚はないとはいえ、僕という中継器もあることだし、紹介するまでもなくお互いの人物像に関するレジュメを読んでいるに等しいくらいの知識はあるだろう。
 例え変態でも変態という名の淑女である神原は目上の人間を立てたか、羽川のアクションを待ち、先に手を差しだしたのは羽川の方だった。
「羽川翼です。阿良々木君からよく話は聞いています。よろしくね」
 神原はこっちが不安になるくらいがっしりと羽川の手を取った。
「神原駿河だ! お噂はかねがね! こちらこそよろしく!」
 それはもうきらっきらした目で言うのだった。
 やめろよ。
 僕の羽川を狙うなよ。
「やだ、もう、阿良々木君、私のこと変な風に言ってないでしょうね?」
「えっ……と……たぶん……?」
「曖昧なんだね……」
 ぐい、とシャツを引っ張られる。当然神原なのだが。
 神原はもじもじしている。
 変態淑女がそわそわしている。
 悪い予感しかしねえ!
「ちょ、ちょっと、いいか、阿良々木先輩……羽川先輩、暫し、失礼を」
 布地を引き千切りかねない力で僕を廊下の端の方へ引っ張っていく神原。羽川は怪訝な顔でそれを見送ってやる。
 ごめん、羽川。変な後輩しか紹介してやれなくて。
「何だよ、何なんだよ。お前は何者だ」
「私は変態だ」
「逆に格好いいよ!」
 神原はそこで感極まったかのように――妙な表現だがぐっと下を向いて、
「……可愛い」
 と呟いた。
「は?」
「可愛い! 何だ、何だ? どうして? なぜだ? 超絶可愛いじゃないか羽川先輩は! 現生人類で最も賢いと呼ばれるお方があんなに可愛くていいのか? 反則ではないのか? あれで真面目で性格もよくてその上委員長なんだろう? 何でそんなに完璧なんだ? いいのか? 世界はそれを許すのか?」
 疑問符が多過ぎて一々答えていられない矢継ぎ早の質問の嵐だった。
「えっと、それだけ聞いていると何だか羽川が完璧であることに問題があるとでも思っているような発言なんだが」
 それか、妬んでいるとか。
 僻んでいるとか。
「世界に乾杯!」
 違ったらしい。
「世界! ありがとう!」
 BL小説の発売日ですらそこまで嬉しそうな顔はしないというほどの素敵な笑顔を、不肖阿良々木暦の後輩はしてくれちゃっていた。もうそれは殆どクリスマスにWiiを買ってもらったアメリカ人の子供のリアクションに近かった。折角ひそひそ話をしているのに、最後の快哉だけは羽川の耳にも届いてしまっただろう。
 世界に乾杯。
 世界、ありがとう。
 ありそうで、中々ないフレーズだ。
 ていうか使えねえ。
「阿良々木先輩、残念なお報せだ」
「お前から残念じゃないお報せを聞いた記憶がないんだが」
「阿良々木に差し上げると言った処女だが……あれはなかったことにしてくれ」
「受け取ると言った記憶もねえよ!」
「たった今、その予定は埋まってしまった。穴だけにな。ははは!」
「最低だ!」
 どうも。
 惚れたらしい。
 そりゃあそうだ、羽川に惚れない奴なんていない。いたとしたら、それはそいつの嗜好に問題があるのだ。
 羽川は常に正しい。
 全てにおいて優先される。
 実際一部の部位が物理法則を無視しているし。
「しかし、案じ召されるな、阿良々木先輩。阿良々木先輩には代わりに後ろの処女を差し上げよう。存外その方が貴重かもしれないぞ」
「易々と最低記録を更新するな!」
「もちろん、それ以外の初めては全て阿良々木先輩に捧げよう……耳射とかに興味は?」
「そんなロシア人の愛称みたいなプレイに興味はねえ!」
「さて、本気はさて置き」
「冗談だと言ってくれ!」
 戦場ヶ原は羽川を「本物」だと言った。
 神原も――本物だ。但し、本物の変態だ。
 真性と言ってもいい。
 この田舎町は貴重種の集いやすい条件でも揃っているのか?
 エンカウント率高過ぎやしないか?
 まるでクソゲーだ。ゲームバランスも何もあったもんじゃない。
「やむを得ない事情があったとはいえ、羽川先輩には紹介していただいて早々無礼な真似をしてしまった。そろそろ戻ろうか」
「そんな事情がこの地上に存在するものか! ってゆうか今の状態で平然と仕切りなおすな!」
「阿良々木先輩の言っていることがよく分からないな……今とはいつのことだ? 状態とは一体どんな漢字を……」
「既出のボケだ!」
 途方もなく馬鹿な時間を過ごしてしまった。そもそも神原と話があるから、早めに帰らせてもらおうという話をしていたところだったのに、その神原と時間を浪費してしまっては何の意味もない。
「あは、仲がいいんだね」
 羽川の寛大さに身が竦む思いだった。
「ああ! 仲良しだ!」
 言いつつ、僕の肩を抱く。
 元気がいいな神原は。何かいいことでもあったんだろうか。
「な。羽川。こういう人懐っこい奴なんだよ。神原は」
 防ぎようのないウイルスみたいなものだ。いや、除去が困難な辺りはプリオンだな。
「いや?」
「YEAH? 何だその歓声」
「私は別に人懐っこくはないぞ」
「いやいや」
 神原を人懐っこくないと言うなら千石なんか重度の人間不信だろう。
「いや、ほんとに。私が懐くのは私が好きな人にだけだ」
「そ、そうなの?」
 まあ――もっともな発言だけど。
「うん。まあ、女の子ならともかく、私はどちらかと言うと男性は不得手なのだ。だから私が懐いている男性と言えば、阿良々木先輩を除けばお祖父ちゃんくらいのものだな」
「え、それ」
 特別じゃん。家族と同列で唯二の存在って、結構な特別枠じゃん。
 羽川は案の定、あちゃー、と半角カタカナを添えた顔文字みたいな顔をしていた。
 (ノ∀`)アチャー(横書きだからこそ許される表現)。
「ぶっちゃけ好きだ」
「告られた!?」
「愛人でいいから!」
 不穏当な発言をしながら、ちらっと羽川を見る。
「三号でいいから!」
「羽川を勘定に入れるな!」
「まさか千石ちゃんを入れて三人目なのか!?」
「浮気の上にロリコン!? 大罪人だ!」
「私は本気だ!」
「タチ悪っ!」
 それより、僕と神原にとっては日常茶飯事の会話だけれど、羽川は全くついて来られないんじゃないか?
 羽川を窺う。
 引いてる。
 出来れば係わり合いになりたくないという顔をしている。
 自分の名前を引き合いに出されたくないという顔すらしている。
「タンマ、神原、タンマだ!」
「ん? ああ、そうだな、今のは他人には理解できない二人だけの世界だったな」
「いや、その発言もどうかと思うよ……」
「ぶっちゃけてもいいだろうか?」
「お前のぶっちゃけはぶっちゃけ推奨できかねるな……」
「羽川先輩」
 ぶっちゃける気だ。
 神原って一応断りを入れておけば礼儀の問題はそれでカバーされると思ってる節があるよな。
「私は阿良々木先輩が好きなのだが、そもそも戦場ヶ原先輩が好きなのだ」
「……ヴァルハラコンビだしね……?」
「そういう問題ではなくて、中学時代からこの方無上の愛を捧げている、というか」
 僕は神原の口を塞いでどこか人気のないところまで連れ去ってしまいたい衝動を必死に堪えた。神原が幾ら変態的なことを口走っても、幾ら変態的な行動をしても誰にも迷惑のかからないような場所まで連れて行って置き去りにしてしまいたい。
 できれば無人島とかに。
「私はレズなのだ」
 百合とは言いなおさなかった。
「ああ……」
 引いてる。
 羽川が引いてる。性的マイノリティに対して偏見を抱いているわけではないとはいえ、頼んでもいないし欲しくもないのにそんな重たいカミングアウトをされても困るだろう。
 しかも、我が直江津高校を代表しているといっても過言ではない大スターたる神原に。
 しかも、紹介されたその日に。
 そんなことぶっちゃけられたら。
 普通、引く。
 どん引きだ。
「……そ、そうなの」
 あの羽川がリアクションに困っている。
 困っている羽川、萌え。
「戦場ヶ原先輩を愛する私と、戦場ヶ原先輩の恋人である阿良々木先輩。つまり、二人は恋敵だったのです」
 そんな奥様は魔女だったのですみたいに言われても。
「憎かった」
 神原はあくまで空気を読まない。
「憎くて憎くて、終いには阿良々木先輩を殺しそうになってしまった」
 それはもう、僕が吸血鬼もどきでなかったら、確実に死んでいただろう。一万と一回くらい。とはいえ、因果関係を辿れば僕が吸血鬼にならなかったら神原に殺されかけることはなかっただろうから、どの道僕は神原に殺されることはなかったのだけれど。
 しかし、殺人未遂を打ち明けるなんて。
 重いだろう。
 幾らなんでも――というか、どんな情況であれ。
「でも……阿良々木先輩は、そんな私を、自分を殺そうとする私を、救ってくれた。命を懸けて助けてくれたのだ。それどころか、何のこだわりもなく許してくれさえした」
 助けた――というほどのことも出来なかったけれど。
 神原にとって、それは揺るがぬ事実なのだ。
「ゆえに、惚れてしまった。尊敬している。大好きなのだ」
 胸を張って、神原は言い切った。
 それは、でも、何とも。
 照れる。恥ずかしい。僕の顔はたぶん、真赤だ。面と向かって褒められるのも恥ずかしいものだが、それを第三者に対して宣言されるとより一層恥ずかしい。
「でも、否、だから、心配には及ばない。羽川先輩。羽川先輩がご心配されるようなことは絶対にしない。私は戦場ヶ原先輩も阿良々木先輩も、お二方ともが大好きなのでな」
 どこかで聞いたような台詞を言い、神原は、むしろ誇らしげに笑った。
「羽川先輩の次で構わない」
「台無しだよ!」

(09/10/13)
(10/07/07追記)読み返してみたら、っつうかアニメ最終回見たら神原って化で既に羽川に会ってるんですね。
めっちゃ忘れてました。
今更なのでご愛嬌ということでこのままにしておきます。あらいやだわ恥ずかしいわ。